第1章 ― 覚醒の刻 ―

23XX年、世界は「覚醒」の力を中心に「覚醒大戦」の嵐に包まれていた。

「覚醒」それは神々と結ばれた者の人知を超えた力。古の時代から、人は神々と結ばれていた。
神の力に目覚めた者は、ある時代では魔女やモンスター、またある時代では超人や陰陽師と呼ばれていた。
アウェイクヒーローズ、これは「覚醒」を手にした者達の物語。

プロローグ:氷の契約

 空が燃えていた。
西暦23XX年。かつて人類が誇った科学の光は、いまや文明そのものを焼き尽くす紅蓮の炎となって、名もなき村を飲み込もうとしていた。

 爆風が土埃を巻き上げ、鉄の匂いと焦げた肉の臭いが鼻腔を突く。
少女は、瓦礫の陰で震える弟を背に庇いながら、迫りくる敵軍の影を睨みつけていた。
恐怖で足がすくむ。けれど、背中の温もりだけが、彼女をこの場に縫い止めていた。

(守らなきゃ。私が、この子を)

だが、手にあるのは錆びついた鉄パイプ一本。
迫り来るのは、冷酷な光を放つ兵士の群れだ。
絶望が喉元までせり上がったその時、時間が凍りついた。

 いや、比喩ではない。
舞い上がる火の粉が、空中で結晶となって砕け散ったのだ。
少女の目の前に、それは現れた。
透き通るような蒼白の翼、この世のものとは思えぬ美貌。
氷の天使が、猛火の中で涼やかに微笑んでいる。

『力が欲しいか、人の子よ』

 声は耳ではなく、脳髄に直接響いた。
鈴の音のように美しく、そして絶対零度のように冷たい響き。

「……弟を、助けて」  少女は声を絞り出す。魂が削れるような音がした。
「あんたが悪魔でも構わない。あの子を助けてくれるなら、私のすべてをあげる」

 天使は目を細め、愉悦に歪んだ唇を開いた。
『よかろう。その魂、我が糧としよう』

冷たい指先が少女の額に触れる。
瞬間、彼女の自我が、記憶が、感情が、急速に凍結され、砕かれていく感覚に襲われた。
激痛の彼方で、誰かの嘲笑う声が聞こえる。

――目覚めなさい。神々の時代へようこそ。

 その日、近隣諸国の科学文明は、一夜にして氷河の底へと沈んだ。

少女の「覚醒」は、世界の理(ことわり)を書き換える引き金となった。
科学の時代は終焉を迎え、古の神々と契約した「覚醒者」たちが覇を競う、混沌と神秘の時代が幕を開けたのである。

氷の国:ゼレウス

極北の地には、氷の国「ゼレウス」が誕生した。
かつての少女の身体を乗っ取った氷の女王ゼレアは、絶対的な力でその地を統治していた。
彼女の瞳にかつての優しさはなく、あるのは全てを凍てつかせる神の傲慢のみ。
だが、その氷の城の影で、一人の青年が旅支度を整えていた。

レオン。かつて姉に守られた弟である。
「待っていてくれ、姉さん。必ず、僕が助け出す」
彼の向かう先は、東方。神を封じる秘術を持つという、敵対国家カタナだ。