
第4章-4 ネロ(アメルダ) VS 閻魔(カタナ)
「始めッ!!」
龍明の合図が、神域の静寂を切り裂いた。 その瞬間、世界が軋んだ。
「我ガ……先陣……切ル」
アメルダ帝国の先鋒、ネロが地を蹴る。精巧な銀の甲冑がカシャンと鳴り、右腕に宿る不吉な紫炎が、まるで生き物のように鎌首をもたげた。 対するカタナの先鋒、鬼ノ王・閻魔は動かない。ただ、仁王のように大地に根を張り、身の丈を超える巨大な金棒を構えているだけだ。
「小賢しいわ。虫ケラが!」
閻魔が金棒を振るう。 それは武術ではない。単なる暴風だ。大木をも容易くへし折る剛力が、ネロの頭蓋を目掛け、垂直に振り下ろされた。
ドォォォォォン!!
爆音と共に、地面がクレーター状に陥没する。 粉塵が舞う中、カタナの兵士たちが歓声を上げようとした――だが、その声は喉元で凍りついた。
ネロは、潰れていなかった。 あろうことか、閻魔の金棒を、紫炎を纏った左手の甲冑だけで受け止めていたのだ。
「力……ウマイ……」
ネロがニヤリと笑う。その瞳孔が開いた瞬間、金棒に纏わりついていた紫色の炎が、導火線を走る火花のように逆流し、閻魔の巨体を包み込んだ。
「ぬうっ!?」
閻魔が後方へ飛び退く。だが、炎は消えない。 それどころか、閻魔が力を込めれば込めるほど、その炎は勢いを増し、彼の鋼鉄のような皮膚を焼き焦がしていく。
「貴様……何をした」
「俺ノ炎……闇ノ炎……。オ前ノ力……喰ラウ……」
ネロがゆらりと歩み寄る。その右腕の炎は、先ほどよりも一回り大きく、禍々しく膨れ上がっていた。
「オ前ノ攻撃……強イ……。ダカラ……俺ノ炎モ……強クナル……」
ネロの能力。それは「相手の力を奪い、自らの糧とする」呪い。 閻魔の誇る怪力が、そのまま閻魔自身を焼く燃料となっていたのだ。
「自らの力が、我が身を焼くと言うか……!」
「燃エ尽キロ……!」
ネロが右腕を突き出す。奪い取った剛力が紫色の閃光となり、閻魔の腹部に突き刺さった。
ズガァァァァッ!!
「ぐおおおおっ!!」 鬼の王が、巨木をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。 絶対的な力を持つはずの閻魔が、自身の力によって圧倒されていた。
リリが冷ややかに笑う。「勝負ありましたね。あの脳筋の鬼では、ネロの餌食になるだけです」
だが、土煙の奥から、低く、地を這うような笑い声が響いた。
「くく……ぬははははは!!」
閻魔が立ち上がる。その体は黒焦げになり、所々から血が噴き出している。だが、その瞳に宿る闘志は消えるどころか、紅蓮の輝きを増していた。
「面白い……! これほどの痛み、数百年ぶりよ!」
閻魔の筋肉が、バキバキと音を立てて膨張を始める。 額の二本の角が天を突くほどに伸び、赤銅色の肌が、溶岩のような赤熱した色へと変貌していく。
「我が力で焼かれるならば、焼き尽くされるよりも速く、貴様を粉砕すれば良い!!」
――覚醒、鬼神化。
理性のタガが外れ、破壊の権化となった閻魔が咆哮した。
「ウオオオオオオオオオッ!!!」
音の壁を突き破り、閻魔が突進する。 ネロは反応した。「来ルカ……ナラバ……!!」
ネロもまた、咆哮と共に変貌を遂げる。 銀の甲冑が内側から弾け飛び、全身が漆黒の鱗に覆われた竜人の姿へ。 防御力を極限まで高めた覚醒形態だ。
ガギィィィィィィンッ!!!
金棒と竜の爪が激突する。 衝撃波で周囲の遺跡の柱が粉砕され、観戦していた兵士たちが吹き飛ばされる。
「オオオオッ!!」 閻魔が金棒を乱打する。一撃一撃が地震のような重さだ。 ネロはその全てを受け止め、吸収しようとする。「吸イ尽クス……オ前ノ全テ……!!」
閻魔の腕が紫炎に焼かれ、炭化していく。 だが、閻魔は止まらない。痛みを感じていないかのように、ただひたすらに、暴風雨の如き連撃を叩き込む。
(馬鹿ナ……! 吸収ガ……追イ着カナイ……!?)
ネロの表情に焦りが浮かぶ。 閻魔の特性は「ダメージを負うほどに強くなる」こと。 ネロの炎が閻魔を焼けば焼くほど、閻魔の力は幾何級数的に跳ね上がり、その剛力はネロの吸収限界を超え始めていた。
「砕け散れェェェェェッ!!!」
閻魔の金棒が、ネロの防御壁ごと竜の鱗を粉砕した。
「ガハッ……!?」
ネロが血を吐き、膝をつく。 だが、その瞬間、ネロの生存本能が爆発した。
「マダ……負ケナイ……!!」
ネロは残った全魔力を右腕に集中させた。閻魔から奪った莫大なエネルギーと、自身の生命力を融合させた、起死回生の一撃。 紫色の太陽のような光球が、閻魔の心臓めがけて放たれる。
対する閻魔は、防御など考えなかった。 振り上げた金棒に、全身全霊、魂の全てを込める。
「滅殺ッ!!!!」
光と闇、剛力と魔力が一点で交錯した。
ズドオオオオオオオオオオオン!!!!
フォレスタの森全体を揺るがす大爆発。 閃光が収まった時、立っていたのは――
鬼の王、閻魔だった。
その足元には、変身が解け、白目を剥いて倒れ伏すネロの姿があった。 ネロの紫炎の一撃は閻魔の左胸を貫通していたが、閻魔の金棒は、それを上回る速度と破壊力で、ネロを地面ごと叩き潰していたのだ。
「……我ガ……勝利……ナリ……」
閻魔は天を仰ぎ、勝ち鬨を上げようと口を開いた。 だが、声は出なかった。
ズルリ。 巨大な鬼神の肉体が、急速に縮み、元の大きさへと戻っていく。 限界を超えた力の酷使と、全身を焼かれたダメージ。
「ぐぅ……」
ドサッ。 閻魔は金棒を支えにすることすらできず、その場に膝から崩れ落ちた。 意識はすでに闇の中。勝者なき荒野のように、静寂だけが戻ってきた。
第一戦。 勝者、カタナ――鬼ノ王・閻魔。 しかしその代償は、主力の完全な戦闘不能という、あまりに重いものだった。
