
第4章-5 是音(アメルダ) VS アレア(カタナ)
「……推して参る」
静寂を取り戻した遺跡の広場に、凛とした涼やかな声が響いた。 カタナ陣営から進み出たのは、白刀衆の長、是音(ゼオン)。 白装束に身を包み、腰には長大な名刀を佩いている。その美貌は雪女のように蒼白で冷ややかだが、瞳には燃えるような正義の意志が宿っていた。
対するアメルダ陣営からは、アレアが優雅に一礼しながら歩み出る。 赤茶色の髪を乱暴に遊ばせ、筋肉質な肉体に似合わぬ丁寧な所作。その手には、不吉な赤光を放つ二つの黒いダイスが握られている。
「おやおや、女性に刃を向けるとは無粋な真似を。……ですが、運命とは残酷なものですから」
アレアは嗜虐的な笑みを隠そうともせず、ダイスを空中に放り上げた。
「始めッ!!」
龍明の合図と同時、是音の姿が消えた。 否、速すぎるのだ。音速を超えた踏み込み。
「白刀流奥義――『真空斬(しんくうざん)』」
視認不可能な神速の抜刀。 刃がアレアの首を捉える寸前、カラン、と乾いた音が響いた。
ダイスの目は『4』。
「――死(シ)してなお、苦しむがいい」
キィンッ!!
金属音が響き、是音の刀が虚空で弾かれた。 アレアが防いだのではない。 突如として地面が陥没し、是音の足元が崩れたのだ。体勢を崩した彼女の切っ先は、アレアの喉元を数ミリ逸れ、背後の石柱を両断した。
「な……ッ!?」
是音は瞬時にバックステップで距離を取る。 (足場が崩れた? いや、それだけではない……) 刀を振るった瞬間、突風が目に砂を運び、木の上からは鋭利な枝が落下し、さらに鞘の紐がなぜか足に絡まった。 全ての偶然が、是音の死角を突いて襲いかかったのだ。
「ふふふ、惜しかったですねぇ。あと少しで私の首が飛んでいたのに」
アレアは傷一つない首筋を撫でながら、心底楽しそうに笑う。
「私の能力は『凶運(バッドラック)』。この空間にある自然、物理法則、因果律……その全てが貴女に牙を剥く。理不尽でしょう? 悔しいでしょう?」
「邪道な……!」
是音は再び構える。 (偶然など斬り伏せるのみ!)
彼女は再加速する。しかし、踏み込もうとした石畳が爆ぜ、回避しようとした先に雷が落ち、振るった刃に鳥が激突して軌道を逸らす。 戦えば戦うほど、是音の体には「不運な事故」による傷が増えていく。
「くっ……うぅッ!」
是音の白い装束が泥と血で汚れていく。 それを見たアレアの瞳が、恍惚と濁った。
「ああ……いい。そのもがく声、最高にゾクゾクしますよ。もっと聞かせてください」
アレアの胸のコアが激しく脈動し、背後に悪魔の影が実体化する。 ――覚醒、厄災の悪魔。
「さあ、ステージを上げましょう。ここからは……『貴女の大切な人』にも参加していただきましょうか」
アレアが悪魔の姿に変貌し、より巨大で禍々しいダイスを生成する。
「な、何を……?」
「私の覚醒能力は因果を広げる。貴女が私を攻撃すればするほど、その反動としての『不幸』は、貴女が最も大切に想う者へと転送される」
アレアは嘲笑うように告げた。
「貴女には居るでしょう? 守るべき、か弱き存在が」
ドクン。 是音の脳裏に、故郷に残してきた病弱な弟の笑顔が浮かんだ。 『姉上、行ってらっしゃい。僕はずっと待ってるから』 布団の中で咳き込みながらも、気丈に振る舞う最愛の家族。
「貴様……まさか、弟を……!!」
「おや、弟さんでしたか。それは可哀想に。貴女が剣を振るうたび、弟さんの病状は悪化し、家の屋根が落ち、薬瓶が割れる……ああ、想像するだけで胸が痛みますねぇ!」
「黙れェェェェェッ!!!」
是音の理性が弾け飛んだ。 弟を愚弄された怒りが、恐怖を上回る。彼女は迷いを断ち切るように、全身全霊の闘気を刀に込めた。
「貴様だけは……この一撃で塵にするッ!!」
是音の体が光と化した。 音速を遥かに超える、白刀衆最強の秘剣。因果すら断ち切る絶速の一閃。 アレアが反応する間もなく、是音の刃は彼の心臓へと迫る。
だが。
カラン……。
アレアの手からこぼれ落ちたダイスが、残酷な音を立てた。 目は、最大不吉の『666』。
その瞬間、是音の脳内に、鮮烈なビジョンが流れ込んだ。 ――血を吐き、苦悶の表情で倒れる弟の姿。
『姉上……くるしい……』
(――私が斬れば、あの子が死ぬ?)
是音の刃が、アレアの皮膚に触れた、その刹那。
「あ……」
迷い。 武人として絶対にあってはならない、刹那の躊躇。 弟への愛ゆえに、是音の手がコンマ一秒、止まってしまった。
その「隙」を、凶運は見逃さない。
バキィッ!!!
是音が踏み込んだ地面が、あり得ない角度で隆起した。 全力疾走の勢いのまま足を取られた是音は、つんのめり、自らの勢いと体重を乗せた刀の切っ先が――あろうことか、バランスを崩した自分自身の脇腹へと向いた。
「ガハッ……!?」
ドサッ……。
是音の体は、自らの刀に貫かれ、地面に倒れ伏した。 鮮血が白装束を赤く染め上げる。 アレアに届くはずだった刃は、残酷な運命の悪戯によって、持ち主の体を食い破ったのだ。
「あぁ……なんて悲劇。なんて美しい結末」
アレアは変身を解き、血の海に沈む是音を見下ろして、心底残念そうに、しかし愉悦に歪んだ顔で拍手をした。
「弟さんを想うその優しさが、貴女を殺したんですよ? ……素晴らしい愛ですねぇ」
「む……無念……」
是音の瞳から光が消えていく。 薄れゆく意識の中で、彼女は遠い故郷の方角へと手を伸ばし――そして、力尽きた。
第2戦。 勝者、アメルダ――アレア。 卑劣なる凶運と、断ち切れぬ愛の迷いが招いた、あまりに無惨な敗北だった。
