アメルダ帝国の冷たい雨は、街の汚れを洗い流すのではなく、ただコンクリートの奥深くまで絶望を染み込ませていくようだった。
ネオンが毒々しく輝く「ダークシティ」。その路地裏の影で、少女――ネムは、自らの気配を殺していた。
奪われた「正義」の成れの果て
この国では、空を飛ぶ力も、鋼鉄を砕く拳も、もはや誰かを守るためのものではない。かつて「ヒーロー」と呼ばれた者たちは、その圧倒的な力で民衆を跪かせ、支配という名の暴虐を謳歌している。
「……また、始まった」
ネムの視線の先で、金色のマントを翻した男が笑っていた。かつては大衆の喝采を浴びていたであろうその顔は、今や「覚醒(アウェイク)」の副作用によって皮膚が剥がれ落ち、どす黒い鱗が突き出している。
彼は、逆らった市民を「掃除」していた。指先から放たれる高熱のレーザーが、逃げ惑う人々の背中を容赦なく焼き切る。
「ヒッ、ヒハハハハ! 救世主様のお通りだぞ!」
怪物の咆哮に近い笑い声。あれが、この街の日常だ。
ネムは静かに、自らの右手を凝視した。 彼女はこの腐りきった街で、泥をすすり、人を騙し、奪うことで生き延びてきた。そしてある日、自分の中にも「呪い」が宿っていることに気づいた。
「奪う(スキンウォーカー)」――。
彼女が触れた対象から、その力を引き剥がし、己の血肉とする禁忌の力。 最初は、路地裏のこそ泥が持っていた「気配を消す」程度の小さな力だった。だが、彼女はそれを積み重ねた。暴走し、我を忘れて暴れる下級のヒーローを闇討ちし、その力を吸い上げることで、彼女は今日まで生き長らえてきた。
だが、まだ足りない。 あの頂点に君臨する「大物」たちを狩るには、今の自分はあまりに無力だ。
狩人の記録(ハンティング・ファイル)
ネムは音もなくその場を立ち去り、廃ビルの一室にある隠れ家へと戻った。 湿った部屋の壁には、無数の写真がピンで留められている。それらは、彼女が命がけで撮影してきた「標的」たちの姿だ。
「……次は、誰を殺そうか」
彼女は古びたデジタル端末を起動し、整理されたファイルを開く。そこには、アメルダ帝国を蹂ンジする怪物たちの、あまりに醜悪で、あまりに強力な記録が収められていた。
暗いディスプレイの光が、ネムの冷ややかな瞳を照らし出す。
【アメルダ帝国:ターゲット・アーカイブ】
