
第4章-3 アメルダ VS カタナ:龍明の賭け
鬱蒼とした木々が途切れ、突如として開けた空間。 太古の石畳が敷き詰められた広場の中心に、苔むした巨大な遺跡が鎮座している。 その神聖な空気は、いまや一触即発の殺気によって歪められていた。
東からは、黄金の気を纏う武神の軍勢――カタナ。 西からは、漆黒の闇を従える魔人の軍勢――アメルダ。
二つの強大な力が、遺跡を挟んで対峙した。
「……貴様ッ!! アメルダ帝国か!?」
カタナ軍の先頭、大将軍・怒龍(ドリュウ)の怒声が轟く。 巨躯から放たれる覇気は、森の瘴気を吹き飛ばすほど強烈だ。しかし、その内側で彼が深い傷を負っていることを、敵はまだ知らない。 傍らには、紅蓮の装束を纏う紅姫と、冷静な眼差しで戦況を見極める龍明(リュウメイ)が控えている。
対するアメルダ軍の先頭。 帝王オリジンは、カタナの大軍など道端の石ころであるかのように、悠然と歩を進めていた。 その背後には、憤怒の形相のリリと、キャハハと笑いながら跳ね回るサフィラが続く。
「そうだ」
オリジンの声は低く、しかし戦場全体を圧する重みを持っていた。
「指輪を奪いに来た。邪魔をするなら……殺す」
ドォッ! オリジンの殺気が膨れ上がり、カタナの兵士たちが一斉に身構える。 怒龍が歯噛みし、紅姫が拳を握りしめたその時。
「あんたが帝王オリジンか。へぇ、強そうだね」
軽薄とも取れる声が、緊張の糸を断ち切るように響いた。 龍明だ。 彼はオリジンの殺気の中へ、まるで散歩でもするかのように一歩進み出た。
「大軍同士でぶつかるのも面白いが……俺はあんたと戦ってみたい」
オリジンの眉がピクリと動き、口角がわずかに吊り上がる。 龍明は不敵に笑い、言葉を続けた。
「どうだい? お互いに主力を3人出し合い、3番勝負といこうじゃないか。2勝した方が指輪を手にする。……それとも、あんた」
龍明はあえて言葉を切り、オリジンを値踏みするように見下ろした。
「大軍に守られてなきゃ、戦えないのかい?」
ピキッ。 空気が凍りついた。
「き、貴様ァァァッ!!」
リリが絶叫した。その美貌は怒りで歪み、全身から殺意の波動が噴き出す。
「オリジン様を愚弄する気か!? 身の程を知れ、下賤な侍風情が!! 今すぐその舌を引き抜き、地獄へ突き落としてやるわ!!」
リリがカードを取り出し、殺戮の呪いを放とうとした瞬間。
「……待て」
オリジンの低い声が、リリの動きを強制的に停止させた。 帝王は、挑発してきた若き陰陽師を、初めて「敵」として認識し、見据えた。
「いいだろう。なかなか面白いことを言う奴だ。死んで後悔するといい」
オリジンは嗤った。それは獲物を見つけた猛獣の笑み。 帝王は虚空へ向けて、怒号のようにその名を呼んだ。
「出ろ!! ネロ! アレア!」
ズズズズズ……。 オリジンの影が生き物のように蠢き、どす黒い煙となって噴き出した。 その闇の中から、二人の異形の魔人が姿を現す。
一人目は、精巧な銀の騎士鎧に身を包んだ茶髪の青年、ネロ。 だが、その姿は正騎士のそれとは程遠い。彼の右目と右腕には、どす黒い紫色の炎が渦巻き、皮膚には竜の鱗のような紋様が浮き出ている。 彼は自身の腕を抑え、飢えた獣のような低い唸り声を上げた。
「……コノ衝動……ヤット、解キ放テル……」
彼が呼吸をするたび、周囲の空間が熱で揺らぎ、背後には幻影の「竜」が鎌首をもたげる。理性で押さえつけた破壊本能が、今にも甲冑を突き破らんとしていた。
二人目は、赤茶色の髪を遊ばせ、紫色の不吉なオーラを纏った男、アレア。 その手の中で、赤い光を放つ二つの「黒いダイス」がカチカチと音を立てて転がっている。彼の胸には禍々しい赤いコアが脈打ち、その影は時折、角の生えた悪魔のシルエットへと揺らめいた。
「フフ……確率なんて無意味ですよ。俺の『凶運(バッドラック)』で、骨の髄まで飲み込んで差し上げましょう」
アレアがダイスを宙に放ると、偶然飛んできた枯葉が、空中で突然発火して燃え尽きた。 ただそこに立っているだけで周囲の運命をねじ曲げる、歩く厄災。
アメルダ帝国の双璧とも呼べる精鋭部隊。 その圧倒的な禍々しさに、カタナの兵士たちが息を呑み、空気が重く淀んだ。
「そして、俺だ」
オリジンが前に出た。 帝王自らが出陣する。その事実に、アメルダ軍からどよめきと歓喜の声が上がる。
龍明は、内心で安堵の息をついた。 (乗ってきたか……! これでいい。親父殿(怒龍)の傷は深い。まともにぶつかればカタナは壊滅する。この勝負で時間を稼ぎ、陣形を整える……!)
彼は覚悟を決め、味方へ向かって叫んだ。
「受けて立つ! こちらの選出は……!!」
龍明の呼びかけに応じ、カタナの陣営から二つの影が飛び出した。
「白刀衆、是音(ゼオン)!!」
白い装束に身を包み、長大な刀を背負った剣士。その瞳は静謐だが、放たれる剣気はカミソリのように鋭い。
「鬼ノ王、閻魔(エンマ)!!」
ドスン! と着地しただけで地面が陥没する。赤銅色の肌、頭に二本の角を持つ巨漢の鬼。その手には身の丈ほどの金棒が握られている。
「そして、俺だ!!」
龍明が前に進み出た。
怒龍は苦い顔で息子を見つめるが、その意図を察し、黙って頷いた。 紅姫もまた、「無理するでないぞ!」と声を飛ばしながら、背後で兵士たちに陣形の再編を指示し始める。
オリジン対龍明。 ネロ対閻魔。 アレア対是音。
神域の遺跡を舞台に、各陣営の存亡を賭けた修羅の宴が、今まさに始まろうとしていた。
