
第4章-6 オリジン(アメルダ) VS 龍明(カタナ)
「素晴らしい……! ああ、オリジン様! 私の凶運は全てアメルダの繁栄に!!!」
是音(ゼオン)を沈め、戻ってきたアレアが、恍惚の表情で叫んだ。 直後、ドンッ! という鈍い音と共に、オリジンの拳がアレアの胸を貫いた。
「が、はッ……!? ああ……オ、リジン……さま……?」
心臓を貫かれたアレアだが、その顔に苦痛はない。あるのは、自らが敬愛する帝王の一部となれたことへの、狂気的なまでの歓喜だった。
「貴様の体には、先の戦いで溜め込んだ『凶運』が満ちている。……役に立て」
オリジンが拳に魔力を込めると、アレアの肉体からドス黒い不吉の奔流が噴き出した。それはアレア自身の命を削る行為だが、彼は凶運に包まれているため死なない。呪いの霧となって広場を覆い尽くし、清浄な空気を一瞬にして汚染した。 アレアは影の中に溶け込みながら、恍惚とした声を残す。「ああ……私の不運が、帝王の覇道となる……!」
「なっ……!?」
対面に立つ龍明(リュウメイ)が、初めて余裕の笑みを消した。 (配下を犠牲にして、俺の聖気を中和しただと!?)
「これで貴様の小賢しい光は消えた。……さあ、始めようか」
オリジンが血濡れた手を振るうと、空間が歪んだ。 ――闇の転移(ダーク・シフト)。 オリジンの放つ闇のオーラが漂う場所であれば、彼は瞬時にその座標へ移動できる。アレアが撒き散らした「穢れ」そのものが、オリジンの移動可能領域となっていたのだ。
「遅い」
龍明の背後、ゼロ距離にオリジンが現れる。 反応する間もなく振り下ろされる神速の拳。龍明は扇子で受け止めるが、その衝撃だけで数十メートル弾き飛ばされた。
「ぐっ……! さすがに重いねぇ!」
龍明は空中で体勢を立て直すと、印を結んだ。 「陰陽道・式神召喚――顕現せよ、昇龍!!」
龍明の背後から、まばゆい光を放つ巨大な龍が出現する。 聖気が封じられた環境下でも、彼自身の魂の輝きは失われていない。怒龍の破壊力に匹敵する最強の式神が、オリジンへと食らいつく。
「虫ケラが。神の真似事か」
オリジンは避けない。黄金龍の顎(あぎと)が迫る中、彼はダメージを気にせず無造作に両手から闇の波動をぶちまけた。 圧縮された闇の魔力が炸裂し、黄金龍の顎を粉砕する。
「チッ、化け物が……!」
龍明は瓦礫の影から札を飛ばし、オリジンを挑発するように周囲を飛び回る。 その狙いは一つ。オリジンを怒らせ、森を破壊させること。
「チョコマカと……目障りだ!!」
オリジンの苛立ちが頂点に達する。 彼は龍明を確実に消し去るため、周囲一帯を消滅させる規模の極大魔法を放った。 「死ね!!」
漆黒の波動が龍明を襲う。龍明はそれを紙一重で回避し――その軌道を、あえて遺跡の奥、「聖なる神木」の方角へと誘導した。
ドゴオオオオオオオオオン!!!!
フォレスタの神木に、オリジンの闇が直撃する。 だが、木っ端微塵になるかと思われたその瞬間。
神木から、まばゆい翠緑(すいりょく)のバリアが展開された。 猫神の加護だ。神の力がオリジンの闇を弾き返したのだ。
しかし、無傷では済まない。 衝撃の余波で、神木の枝が折れ、周囲の木々がなぎ倒され、美しい森の一部が黒く焼け焦げた。
その瞬間。 世界から、音が消えた。
『………………』
ズシン。 重力とは異なる、圧倒的な「圧」が空間を支配した。 森の奥から、巨大な影が立ち上がる。猫神の激昂が顕現したのだ。
「……チッ、野良猫のお出ましか」
バタバタバタ……。 周囲で待機していたアメルダの兵士、カタナの武士たちが、意識を保てずに次々と倒れていく。 ネロも、そして龍明さえも、膝をつき力が抜けていくのを感じていた。
「……ふぅ、やれやれ。やっぱり神様は怖いねぇ」
龍明もまた、膝をつきながら苦笑する。彼もまた、力の九割を封じられていた。 だが、その目は笑っていた。
(これでいい。この状況なら、あんたも退くしかないだろう?)
オリジンは、天を覆う猫神の瞳と、へらへらと笑う龍明を交互に睨みつけた。 このまま戦えば、猫神によって完全に力を封印され、共倒れになる。世界を支配する野望を持つ彼にとって、ここで消耗するのは下策中の下策。
「……龍明、と言ったか」
オリジンは闇のマントを翻し、背を向けた。
「貴様の浅知恵、今回は褒めてやろう。だが次はない」
「おや、お帰りですか? 指輪はいいので?」
「フン……あんな石ころ、我には不要だ」
オリジンは冷たく言い放つ。 だが、その視線は一瞬だけ遺跡の内部へ向けられた。
(……リリ、後は任せたぞ)
この騒乱の最中、オリジンの忠実なる配下リリは、龍明の目を盗んで遺跡内部へと侵入していた。 だが、龍明もまた策士。 彼は倒れ込みながらも、上空の小鳥の式神を通じてその様子を見ていた。
(行け……紅姫(ベニヒメ)!)
龍明の指令を受け、唯一意識を保っていた紅姫が、赤い閃光となってリリの後を追う。
「……また会おう、侍よ」
オリジンは意識を失ったネロと、影に溶けたアレアを回収すると、歪んだ空間の中へと姿を消した。 猫神の重圧がふっと緩む。
「はぁ……はぁ……。ギリギリだったねぇ……」
龍明は大の字になって倒れ込んだ。 勝負はお預け。だが、指輪を巡る本当の戦いは、遺跡の暗闇の中で、二人の少女――リリと紅姫によって決着を迎えようとしていた。
