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第4章-8 氷の視線
遺跡を去るリリの足音だけが、静まり返った石廊に重く響いていた。 白の指輪に拒絶された右手の痺れが、己の不甲斐なさを象徴しているようで、胸の奥をどす黒い葛藤が蝕む。罰が怖いのではない。ただ、オリジンという「神」の要望に応えられなかったことが、歪んだ愛に生きる彼女には耐え難い屈辱だった。

不意に、石造りの壁がパキパキと音を立てて凍りつき、視界が白い霧に覆われた。 「貴様、しくじったか」 暗闇から聞こえたのは、聞き慣れたサフィラの声。だが、その奥底にある感情は、いつもの狂気ではなく、絶対零度の冷徹さだった。
「……サフィラ、ではないわね」 リリが睨みつけると、闇からサフィラの姿をした「何か」が這い出してきた。首や腕を異様な角度に曲げたその瞳は、凍てつくような蒼い輝きを放っている。

「お前に良いことを教えてやろう。オリジンを救いたいなら、さらなる力を与えれば良い」 リリはその正体を直感し、声を絞り出した。「お前……氷の女王、ゼレアか」

サフィラの唇が、冷酷な笑みの形に歪む。 「オリジンに与えよ。白の指輪の対極にある、人を支配する力――『黒の指輪』を。100年前、貴様らを封じた力は人間ごときの技術ではない。あのアメルダ地下施設のさらに深淵を探るが良い」

言い残すと同時にサフィラは糸の切れた人形のように崩れ落ち、冷気が霧散した。

「解放の白と、支配の黒……」 リリが答えなき問いを反芻していると、サフィラがガバッと跳ね起きた。 「リリ、ここ寒いね〜! あ、私死んでるから感じないはずなのに。キャハハハハ!」
いつもの能天気で壊れた人格に戻ったサフィラを、リリは振り返ることなく置き去りにした。迷いと決意を孕んだその瞳は、すでに「深淵」への道を見据えていた。
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