第3章-3 呪いの座敷童

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第3章-3 呪いの座敷童

1.紅い月の幻影

その屋敷は、時の流れから置き去りにされたかのように美しかった。 周囲はすでに風化した廃墟が広がっているにも関わらず、その一角だけは瓦の一枚たりとも欠けず、凛とした空気を漂わせている。

「ここか……『呪いの人形』が眠る場所は」

八咫烏衆の一人、雪花(せつか)は足を踏み入れた。その瞬間、世界が裏返る

頭上にあったはずの太陽は掻き消え、視界は粘りつくような闇に覆われた。見上げれば、真っ黒な空に、血を滴らせたような紅い月が浮かんでいる。

「結界か。歓迎はされていないようだな」

雪花が呟くと同時に、闇の底から無数の「影」が湧き出した。 ボロボロの着物を纏い、下卑た笑い声をあげる男たちの影。それらは生気のない亡者のようでありながら、明確な殺意を持って雪花に襲い掛かる。盗賊の類か、かつてこの地を襲った者たちの記憶か。

「邪魔だ」

雪花の太刀が閃く。 一閃。影が霧散する。しかし、斬っても斬っても、影は次々と地面から湧き出し、際限がない。 幾度となく太刀を振るい、終わりのない消耗戦に、雪花の呼吸がわずかに乱れ始めた。

「……鬱陶しい」

雪花の眉間に皺が寄る。苛立ちが頂点に達した。

もういい。館ごと吹き飛ばす

雪花の両目が赫く輝いた。覚醒。 彼女を中心に、圧縮された剣気が爆発的な波動となって周囲へ奔流する。 「消えろッ!」 轟音と共に、迫りくる影の群れも、屋敷の壁も、空間そのものが凄まじい威力でねじ切れ、吹き飛ばされた。


2.呪いの炎

視界を埋め尽くした破壊の粉塵が晴れると、そこには不可思議な空間が広がっていた。 無限に続く暗闇の中に、ぽつりと浮かぶ一間の和室。

その中央に、少女が座っていた。 おかっぱ頭に、美しい着物。可愛らしくも、どこか底知れぬ恐ろしさを秘めた瞳。 座敷童だ。

「……大きな力を持ったおねえちゃんだね」

少女の唇が動くことなく、鈴のような声が頭に響く。 雪花は刀を納め、息を整えて対峙した。

「手荒な真似をしてすまない。私は八咫烏衆の雪花。お前を迎えに来た」 「迎え?」 「ああ。その強大な呪いの力、国を守るために貸してほしい。私たちの『仲間』になってくれ」

その言葉を聞いた瞬間、座敷童の瞳から光が消えた。

「……また、騙そうとするの?」

和室の空気が凍りつき、直後、灼熱へと変わる。 座敷童の背後から、どす黒い赤色のオーラが噴出した。それは少女の悲しみと怒りが具現化した「呪いの炎」だった。

私の家族を襲った奴らも、そうやって笑って近づいてきた……!!

轟ッ! 呪いの炎が雪花を襲う。防ごうとした軍服の袖が焦げ、肌が焼ける。物理的な熱量だけでなく、魂を直接蝕むような激痛。 さらに、炎の中からは先ほどの「黒い影」――盗賊たちが次々と這い出てくる。

「だめだ……話が通じない。既に自我まで呪いの塊になったか」

雪花は再び刀を抜くが、その表情には焦りが見えた。 (キリがない。この影たちは、こいつのトラウマそのもの……)

襲い来る影を斬り伏せながら、雪花は座敷童を見据える。少女は泣いているように見えた。家族を奪われた絶望、理不尽な暴力への憎悪。この影たちは、彼女の記憶に焼き付いた「家族を奪った者たち」なのだ。

「なぜ奪った……なぜ奪ったぁッ!!」

座敷童の絶叫と共に、炎の勢いが増す。 雪花は影の刃に身体を切り裂かれながらも、一歩、また一歩と前へ踏み出した。

「おねえちゃんも、私を殺しに来たんでしょ!?」 「違うッ!」

雪花は叫び、向かってくる影の群れを強引に突破する。 傷だらけになりながら、座敷童の目の前までたどり着く。もう手が届く距離だ。 だが、少女は激しい呪いの炎に包まれている。常人なら触れるだけで灰になるほどの怨嗟の火。

雪花は、迷わずに刀を捨てた。

「な……に……?」 「死人は、戻らない」

雪花は炎に焼かれながら、膝をつき、座敷童と視線を合わせる。

「あなたの家族は、もう帰ってこない」 「うるさい、うるさい!」 「でも、私が」

雪花は燃え盛る炎の中に両手を伸ばした。 激痛が走る。皮膚が焼けただれる音がする。それでも、彼女の手は止まらない。

私が、あなたの家族になってあげる。だから……一緒に来て

雪花は、呪いの炎ごと、小さな少女の体を抱きしめた。 その瞬間、座敷童の目が見開かれる。 誰かを憎むための炎が、雪花の身体を容赦なく焼く。しかし雪花は腕を離さない。不器用な剣士の、命懸けの抱擁。

「あ……」

雪花の意識が遠のく。 (温かいな……これが、家族か……) 最後に感じたのは、業火の熱さではなく、少女の小さな震えだった。雪花はそのまま深い闇へと落ちていった。


3.青空の下で

頬を撫でる風の心地よさに、雪花は目を覚ました。

「…………?」

体を起こすと、そこには見慣れた青空が広がっていた。 あの不気味な紅い月も、無限に湧き出る影も、そして美しい屋敷すらも消え失せている。 あるのは、ただの風化した廃墟と、雑草の生い茂る地面だけ。

「生きて、るのか……?」

自分の体を見る。軍服はボロボロだが、火傷や傷は不思議と癒えていた。 そして、ふと気配を感じて見上げると――。

自分の頭元に、ちょこんと座る小さな影。 座敷童が、静かな瞳で雪花を見下ろしている。 あの禍々しい呪いの気配は鳴りを潜め、ただの人形のように静謐だ。

彼女は小さな手で、雪花の頭を「よしよし」と撫でていた。

「……ふっ」

雪花は呆れたように、けれど安堵したように小さく笑うと、再び地面に大の字になった。 青空を流れる雲を眺めながら、新しい「家族」の不器用な介抱に、しばし身を委ねるのだった。

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