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第5章-8 おかえり

デスサイト内部、重く閉ざされた鉄の扉が開かれる。

マスターキーによって開かれたその扉の先は、温かな光に満ちた「子供部屋」であった。

ぬいぐるみ、絵本、使い古された小さな机……。 そこは、100年の時を超えて凍結された、誰かの大切な思い出の欠片で埋め尽くされている。外で渦巻く狂気の兵器群からは想像もつかない、あまりにも優しく、穏やかな空間だった。窓の外の青空や暖かい光まで作り出されている。
ねねが呆然と一歩踏み出したその時。部屋の隅で、小さなロボット『ココ』がコトコトと動き出し、彼女に向かって小さな手を差し出した。

『ボク G1 ココ。ネネ……キオク……受ケ取ル』

ねねがその小さな手をそっと握りしめた瞬間、彼女の意識は深く沈み込み――父、ザザの100年前の視界と感情が、濁流のように流れ込んできた。
――100年前、22XX年。

『ねね、誕生日おめでとう! 今年で8歳だね』

若い科学者であるねねの父・ザザが、優しい笑顔で語りかけてくる。目の前には、ねねの8歳の誕生日に新しくプレゼントされたメイド型のロボットが立っていた。
『ワタクシハ、エリス。ネネノ友達』 『ありがとうパパ!! また家族が増えたね!』

ねねは迷いなく、嬉しそうにエリスに抱きついた。
『他の子たちも大切にするんだぞ。ほら、レナが嫉妬してる』 ザザが笑って指差した先には、ねねと同じくらいの背丈をした少女のアンドロイドが、少し拗ねたように、ねねのスカートをぎゅっと握りしめていた。レナは7歳の誕生日に家族になった少女型のロボットだ。

『もちろん、みんな大切よ!』 無邪気に笑うねねの頭を撫でながら、ザザは誇らしげに目を細めた。 『この子たちは、ねねと同じように成長する特別な機械だ。いや……既に「生命」と呼べるレベルに達している。きっと、ねねの優しい気持ちも届いているはずだよ』

しかし、その温かく幸せな記憶は突如としてノイズにまみれ、不穏なニュース映像へと切り替わる。
『速報です。アイドル歌手のねねさんとリリさんが行方不明となりました。また同日、我らが正義のヒーロー・オリジンをはじめ、多くのヒーローたちの消息も絶ち……』

『――ねね! どこにいるんだ、ねね!!』

冷たい雨が打ち付ける街を、私は狂乱したように走り回っていた。 道行く人にすがりつき、娘の特徴を叫んでも、返ってくるのは冷ややかな視線だけ。「ヒーローのオリジンに会いに行くの!」ととびきりの笑顔で家を出た彼女の姿が、最後に見た娘の姿になってしまった。

空間が歪み、景色が変わる。 冷たい雨が打ち付ける、高台の墓地。そこには「N」とだけ刻まれた、小さな墓標がぽつんと立っていた。
警察も、周囲の大人たちも、とうの昔に捜索を打ち切り、悲しげに首を振って娘の「死」を受け入れていた。しかし、私だけは違った。
『私は信じない……! ねねは生きている、絶対に生きているんだ!!』

冷たい墓石にすがりつき、虚ろな目で叫び続ける私を、人々は「現実を受け入れられない哀れな男」、そしてやがて「狂った科学者」と蔑み、誰も寄り付かなくなった。 誰も探さないのなら、私が探すしかない。世界中を探し尽くし、そして二度と誰にも彼女を奪われない「絶対的な安全」を作らなければならない。
『ゴホッ、ガハッ……!』 墓前で激しく咳き込む。口を覆った掌は、真っ赤な血に染まっていた。重い病魔が、確実に私の体を蝕んでいる。もう長くない。私が直接彼女を探し出し、抱きしめることは、もう叶わないのだ。
『時間がない……ねねが帰ってきた時、世界中が敵に回っても、あの子だけを守り抜く力が必要だ』

私は暗い研究室に引きこもり、娘の誕生日に贈った可愛らしいロボットたちにさらなる力を与えた。 『許してくれ。可愛いお友達のままでは、君を守れないんだ』 嫉妬してねねの手を握っていたレナも、メイドロボットのエリスも、あらゆる敵を排除するより強い戦士へと進化するよう作り変えられていく。 純粋だった娘への愛が、恐ろしい執念へと変貌した瞬間だった。

残された命を削り、私は最後のプレゼント――G-16『デスサイト』の設計に没頭した。

私がいなくなっても、この子がねねを守り抜く。世界中のあらゆる脅威を排除する、冷徹で最強の機械の神。そして、いつか必ず帰ってくる娘を判別できるよう、私の知る「ねね」の記憶をコピーしたAI『ネネ』をデスサイトの深奥に組み込んだ。

『頼む……私の遺志を継いでくれ。何年かかってもいい、どんな恐ろしい怪物に成り果ててもいい。ただ、ねねだけを……私の愛する娘だけを守り抜いてくれ……!』
マスター認証のための鍵を完成させたその夜。 私は冷たい研究室の床に倒れ伏した。薄れゆく意識の中で最後に見たのは、主を失い、目を光らせて自律進化を始める16体の機械たちの姿だった。

気が付くと、ねねはキオクの世界から現実に戻される。

「あっ……あぁ……っ」 ねねの目から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちた。ココが見つめる中、彼女はその場にへたり込む。
「狂った科学者」と世界中から恐れられ、歴史に悪名を刻んだ男ザザ博士。 人々を恐怖に陥れ、故郷を追いやった男、その真実は命のすべてを懸けて娘を護ろうとした一人の父親のあまりにも哀しい姿だった。
その時、部屋の中央に柔らかな青い光が灯り、一人の男性のホログラムが空間に浮かび上がった。
「この映像を見ているということは、ねね、、、戻ってこれたんだね。ねね、エリアG-16のすべてを君に託す。この力は、君が望む未来のために使いなさい。……お誕生日おめでとう、私の愛する娘よ」

「…おかえり、ねね」
そう言い残すと、光が弾けホログラムが静かに消えていく。 ねねは、涙を拭い、マスターキーを胸に強く抱きしめて立ち上がった。世界中から狂気だと思われていたこの場所は、世界で一番不器用で、一番深い愛情に満ちた「家」だったのだ。
「……お父さん。ありがとう。」
部屋の窓から見える作り物の青空を見上げ、ねねは力強く宣言した。 「お父さんが残してくれたこの力……私が必ず、正しい方向に導いてみせるわ」
一方、デスサイトの外では、激しい爆発の煙が燻(くゆ)っていた。

「ハァ……ハァ……っ!」 限界を超えて戦場の機械たちを足止めしていたエイミーは、ついに膝をついた。彼女を包囲するギアーズたちと無数の兵の刃が、無慈悲に振り下ろされようと震えていた、その時。


ガガガガガ……ッ!!
地響きと共に、巨大な機械の神・デスサイトの重厚な装甲がゆっくりと展開し始めた。 その深淵の中から、桃色の髪をなびかせた少女が姿を現す。

「もう、戦わなくていいよ」

凛としたねねの声が、硝煙の立ち込める戦場に響き渡った。 彼女の手の中にあるマスターキーが眩い光を放つと、今まで暴走し、エイミーに刃を向けていたすべての機械たちがピタリと動きを止めた。そして武器を下ろし、新たな主ねねを認識し祝福した。




「ねね…辿り着いたのですね!」 微笑んで空を見上げるエイミー。

「ありがとう…エイミー!」笑顔で返すねね。

ねねはかつて家族であったG-7のレナ、G-8のエリス、そして数多の強力なギアーズたちを取り戻し、真のエリアG-16の主(マスター)となった。

「私はこの仲間と共に覚醒大戦を終わらせる。みんなが笑える世界を、今度は私が守るから」

父の愛を受け継ぎ、エリアG-16の全てを従えたねね。 彼女の新しい伝説が、今、ここから始まる。
— G-16編 完 —
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