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第4章-7 白の指輪と100年の思い
森の喧騒が嘘のように、遺跡の最深部は静寂に包まれていた。 かつて神々が座したとされる祭壇。その中央に、周囲の闇を払うほどの清冽な輝きを放つ「白の指輪」が鎮座している。
「はぁ……はぁ……ついに、見つけたわ」
リリが足音を忍ばせて祭壇へ歩み寄る。 彼女の美しい瞳には、オリジンへの狂信的な忠誠だけが映っていた。 (これを……これをオリジン様に捧げれば、あの方は完全に世界を支配できる!)
リリは震える手を伸ばし、指輪に触れようとした。
バヂィィィィンッ!!
「きゃあッ!?」
指先が触れる寸前、白い雷撃のような衝撃が走り、リリの手を激しく弾き飛ばした。 指輪が拒絶したのだ。オリジンの闇に染まりきった彼女の魂を、神聖なアーティファクトは明確に「敵」と見なした。
「な、なぜ……!? 私の愛が、オリジン様への忠誠が足りないとでも言うの!?」
リリが愕然として指輪を睨みつける。 そこへ、赤い疾風が飛び込んできた。
「待てぇーーいッ!!」
息を切らせて駆けつけたのは、紅姫(ベニヒメ)だ。 「ハァ、ハァ……! させぬぞアメルダの小娘! その指輪は、カタナが預かる!」
紅姫が刀に手を掛ける。だが、リリは動かない。いや、動けなかった。 二人の視線の先、祭壇の影から、もう一つの人影が音もなく現れたからだ。
ピンク色の髪が、薄暗い遺跡の中で切なく揺れる。 その歩みは少し奇妙だった。カシャン、カシャンと、硬質な機械音が響く。左足が、無機質な鋼鉄の義足に変わっていたからだ。
「……無理だよ、リリ」
透き通るような、けれどどこか寂しげな声。
「その指輪は、純粋な願いを持つ者にしか応えない。……100年前の、歌うことが大好きだった頃の『リリ』なら、手にできていたかもしれないけれど」
リリの瞳孔が開き、時が止まった。 その声。その髪色。忘れるはずがない。100年前、同じステージで背中を預け、共にオリジンを応援した親友。
「……ね、ね……?」
リリの声が震える。 少女――ねねは、悲しげに微笑んで頷いた。
「久しぶりね、リリ。……変わり果ててしまったわね」
「貴女こそ……! なぜここに!? 生きていたの!?」
「ええ。あの絶望の地下施設から逃げ延びて……私は世界を見てきたわ」
ねねは義足を引きずりながら、ゆっくりと祭壇へ近づく。紅姫は警戒して構えるが、ねねの瞳に敵意がないことを悟り、刀を収めた。
「私の目的は一つ。神々の暴走を止めること。そして、その元凶である氷の女王ゼレアを討つこと」
ねねの視線が、紅姫へと向けられる。
「カタナの目的も同じはずよ。だから、私は貴女たちに指輪の情報を流した」
紅姫がハッとして頷く。 「そうか、あの情報の出所はそなたか! ……目的が同じなら、共に征こう!」
紅姫が祭壇に上がり、ねねがその横に立つ。 二人が同時に手をかざすと、指輪の輝きが優しく脈動した。闇を払う意志、世界を救う覚悟。二人の魂に共鳴し、指輪はふわりと台座から浮き上がった。
「……お願い、紅姫ちゃん。この力、カタナで役立てて」
ねねは指輪を紅姫の掌に乗せた。
その光景を、リリは呆然と見つめていた。 彼女の脳裏に、100年前の記憶が走馬灯のように駆け巡る。 眩しいステージ。歓声。そして、「頑張れオリジン!」と声を合わせて歌った日々。 今の自分は、闇に堕ち、狂った人形サフィラと戯れ、破壊を撒き散らす魔女だ。
「……私はもう、戻れないわ」
リリが力なく呟く。 その視線が、ねねの左足に注がれた。
「ねね、その足……『機械の国』エリアG-16の技術ね。貴女は今、どこに……?」
「私は世界を点々としていたの」 ねねは遠くを見るような目をした。 「少し前までは、反逆軍ネオライズにいたわ。彼らの『機神』の技術も学んだ。……でも、それだけじゃ足りない」
ねねの瞳に、強い決意の火が灯る。
「私の次の役目は、エリアG-16の機械兵器たちを統率すること。ゼレアの氷の軍勢に対抗するには、感情なき鋼鉄の軍団が必要なの」
「エリアG-16を……味方に?」 紅姫が驚きの声を上げる。
「ええ。全てはゼレアを止めるため」
その言葉を聞いたリリの胸に、ある予感が走った。 ゼレア。全ての元凶。氷の女王の呪縛さえ解ければ、神々の暴走は止まる。 そうすれば……狂ってしまったオリジン様も、あの日々のように、高潔な英雄の心を取り戻すのではないか?
(……オリジン様を、救える?)
一瞬、リリの瞳から闇が消え、かつての少女の光が戻った。 だが、それは瞬きの間のこと。 彼女はすぐに冷徹な「帝王の側近」の仮面を被り直した。今の彼女が生きる場所は、オリジンの闇の中しかないのだから。
「……フン。相変わらず甘い夢を見ているのね、ねね」
リリは背を向け、冷たく言い放った。
「紅姫、そしてねね。次に会った時は敵よ。……今日は、昔のよしみで見逃してあげるわ」
それはリリなりの、精一杯の強がりであり、かつての親友への別れの言葉だった。 リリは黒いマントを翻し、遺跡の闇へと消えていく。その背中は、どこか泣いているようにも見えた。
「……行ってしまったか」 紅姫がポツリと呟く。
「うん。でも、リリの心にはまだ、優しい光が残っていた」 ねねは寂しげに笑うと、紅姫に向き直った。
「私はエリアG-16へ向かうわ。紅姫ちゃん、どうか父上の怒龍将軍を支えてあげて。決戦の時、必ずまた会いましょう」
「うむ! 約束じゃ!」
紅姫は白の指輪を強く握りしめ、カタナの国への帰路につく。 ねねは機械の足を鳴らし、鋼鉄の墓場エリアG-16へと歩き出した。
それぞれの正義、それぞれの想いを胸に。 物語は、世界を巻き込む最終決戦へと加速していく。
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