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第7章-1 獣の楽園フォレスタ
フォレスタの森は、朝日の静けさに包まれていた。空は輝き、昇る朝日を全ての生命が祝福しているようだ。深い森の木々は穏やかな風に揺れ、まるで何かを待っているかのように静まり返っていた。

その森の中心には、ひときわ巨大な大樹が立っている。幹は果てが見えないほど太く、枝は空を支える柱のように広がっていた。根は大地を抱きしめるように伸び、その隙間には淡い光を放つ草花が咲いている。

その大樹の麓に、森の守護者エイミーは立っていた。

長く柔らかな髪。小さな体。けれど、その瞳には森全体を見守るような深い落ち着きがあった。

エイミーの前に巨大な毛の壁が現れる。

大きな猫の姿をした神がしっぽを優雅に振りながら歩み寄る。猫神。フォレスタの守護者エイミーの神獣である。ふわふわとした毛並みの周りには、淡い緑色の回復オーラが漂っていた。

猫神は目を閉じると、耳をぴくりと動かした。
「……異国からの旅人が来るのです」
エイミーが小さく呟き視線を向ける。

次の瞬間、森の奥から荒い足音が聞こえてきた。

木々の間を抜け、人影が大樹の前へ飛び込んでくる。ネオライズのハクと桜花。二人とも息を切らしていた。馬の背には意識を失った少女アカリが揺られていた。

アカリの体には、黒い霧のようなものがまとわりついていた。顔色は青白く、呼吸は浅い。時折、胸元から黒い光が脈打つように漏れた。桜花は優しくアカリを抱きしめていた。

「あなたがエイミーですか?」桜花の問いにエイミーが応える。
「エイミーなのです。」

「ネオライズから来ました。お願い……!この子を…アカリを助けてください!」
ハクもエイミーを見る。
「ここがフォレスタの聖域だと聞いた。森の守護者なら、アカリを助けられるかもしれないと……」

エイミーは二人をじっと見つめた。ハクも桜花も、エイミーにとっては初めて会う者だった。だが、その目を見ればわかる。この者たちは、敵ではない。大切な者を救うために、ここまで走ってきたのだ。

エイミーは静かに頷いた。
「その子を、ここへ寝かせるのです」
桜花は大樹の根元にそっとアカリを横たえた。アカリの体が大樹の根に触れた瞬間、森全体がわずかに震えた。淡い緑の光が根から浮かび上がり、アカリを包もうとする。しかし、黒い霧がそれを拒むように広がった。

桜花が息を呑む。エイミーは膝をつき、アカリの額に手をかざした。
「これは……普通の呪いではないのです」
「普通じゃない?」
ハクが問い返す。
「体ではなく魂、そこに鎖のように呪いが絡みついているのです。無理に引き剥がせば、この子の魂まで傷つけてしまうのです」

桜花の顔から血の気が引いた。
「そんな……じゃあ、どうすれば……」
「フォレスタには、古くから森を守ってきた四体の守護獣がいるのです。風、水、火、大地。四つの力が合わさる時、災いを退ける力になるのです」

「その守護獣達は四獣と呼ばれているのです。ただ、力を貸してくれるかは解らない。」
ハクの焦りが無意識に語気を強めた。
「それでも進むしかないんだ。俺のこの手で出来ることは何でもする」

「……きっとあなた達なら大丈夫なのです…エイミーが案内するのです」
エイミーは立ち上がった。
「この子は、おとうさん(猫神)に預けるのです。しばらくは呪いの進行を抑えられるのです」

「みゃあ」
その鳴き声と共に、柔らかな光がアカリの体を包んだ。黒い霧が治まる。そして致しの光がアカリを優しく包み込んだ。アカリの表情が少し緩む。

その時だった。大樹の向こう側から、静かな足音が聞こえた。ハクが反射的に振り向く。桜花も身構える。

朝霧の中から、一人の女性が姿を現した。凛とした立ち姿をしている。腰には刀。白い着物の上に軽い防具をまとっていた。歩みは静かだが、隙がない。その女性は、一本の刀のように研ぎ澄まされた気配を放っていた。静かで、深く、そして強い。

エイミーが表情を明るくする。
「是音。もう起きて大丈夫なのです!?」

女性剣士――是音は、エイミーへ深く頭を下げた。
「はい。おかげさまで、傷は癒えました。命を救っていただいたご恩、決して忘れません」

「是音は、以前カタナとアメルダが戦った時、致命傷を負っていた剣士さんなのです。エイミーがここで治療していたのです」

桜花は驚いたように是音を見た。
「是音……?」
是音はハクと桜花へ視線を向け、丁寧に一礼した。
「桜花…久しぶりです。そして、そちらの青年…私は是音と申します。カタナに仕える剣士です」
落ち着いた声だった。しかし、その声には折れない芯があった。ハクも姿勢を正す。

「俺はハク。桜花とは…知り合いのようだね。眠っているのがアカリだ」
「カタナの国を出て、異国の地で会えるなんて不思議な気持ち。」桜花が微笑む。

是音はアカリへ視線を落とした。
「話は聞こえていました。私も手伝います」
エイミーは少し驚いた。
「是音は、まだ休んでいた方がいいのです」

是音は静かに首を振る。
「私はこの森に、エイミーに命を救われました。その恩を返さぬまま帰っては、武士の道に反します」
既に決意をしているようだ。

桜花は小さく頷き、立ち上がった。ハクも深く息を吸う。
「助かる。一緒に行こう。」

エイミーは森の奥を見た。
「最初に向かうのは、風鳴りの丘なのです。そこに森の風と命を司る四獣がいるのです」

エイミー・ハク・桜花・是音、互いのことをまだ深くは知らない。けれど、目的は同じだった。黒い呪いに沈みかけた少女を救うこと。国も生い立ちも違う者達が支え合う姿がそこにあった。
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