第7章-3 翠の風の鹿

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第7章-3 四獣「翠風の鹿」

風鳴りの丘に、静かな風が吹いていた。草花から鈴のような澄んだ音が響いている。その中央に、神聖なオーラを纏う翠風の鹿が立っていた。森の風と命を司る四獣だった。
「外より来た者たちよ。何を求め、この森の奥へ踏み入った」

ハクは一歩前へ出た。
「仲間を助けたい。黒の呪いに苦しむアカリを救うために、四獣の力が必要なんだ」

翠風の鹿は、ハクを静かに見つめた。
「仲間を救うために、力を求めるか」
「ああ」

「ならば問おう。お前はいつまで戦い続ける。」
ハクは答えようとしたが言葉が出てこない。戦い続けた先に終わりはあるのか。
戦いは帝国のダークヒーロー達がいる限り終わらない。守るだけでは…終わらない。
その思いが胸の奥で膨らんだ瞬間、強い風が吹いた。

ハクの視界が白く染まる。

次に目を開けた時、そこはフォレスタではなかった。アメルダ帝国の街が、炎に包まれていた。建物は崩れ、空には黒い煙が広がっている。

ハクは足元を見た。そこにはアカリがいた。青ざめた顔で、彼の足にしがみついている。
「もうやめて……ハク……」

ハクは自分の顔に生暖かい液体を感じた。

その液体は誰かを傷つけた証、ハクの視線の先には武器を持たない人々が倒れている。その中に、桜花の姿があった。
「桜花……?」

心臓が激しく鳴った。手を差しのべようとしても、その手が動かない。

その時、炎の向こうに黒い影が現れた。それはハク自身だった。全身から破壊的なオーラを放ち、冷たい目で燃える街を見下ろしている。

黒い影のハクが言った。
「お前は守るために戦うのだろう。戦が始まればまた仲間が傷つくぞ。どうする?簡単だ、さらに強くなり敵をすべて倒せばいい」愕然とし膝をつくハクに影が手を差しのべる。

「違う……」
ハクは震える声で言った。
だが、完全には否定できなかった。もっと強ければ、アカリを守れたかもしれない。もっと早く戦えていれば、仲間は倒れなかったかもしれない。その焦りが、ずっと心の奥にあった。

「俺は仲間が傷つく姿を見たくない…でも、今は戦うしかない…そのために俺は強くならなければ!」
ハクは叫んだ。その声は怒りではなく、悲鳴に近かった。

炎の中に、エイミーが現れた。彼女はまっすぐハクを見つめる。
「ハク。あなたは解っているのです。」

エイミーは静かに頷いた。
「戦うことが必要な時もあるのです。強さも必要なのです。でも、ハクは一人じゃないのです」

「一人じゃない……?」
「同じ意思の仲間を集めれば、その力は広がるのです。一人の力で全部を壊すのではなく、みんなの願いで、争いを終わらせる道を作るのです」
ハクは呆然と呟いた。
「同じ意思の仲間……」

エイミーは優しく言った。
「ハク、後ろを見るのです」

ハクはゆっくり振り返った。
炎に包まれた街は消えていた。倒れた人々も、黒い影のハクもいない。そこには、光に満ちたフォレスタの森が広がっていた。

桜花と是音が立っている。桜花はハクに微笑んだ。
「ハクが間違いそうになったら、私たちが止めるよ。だから、全部ひとりで背負わないで」

是音も静かに言った。
「戦うなとは言いません。守るために剣を取る時もあります。ですが、道を誤りそうになった時は、仲間の声を聞くことです」

ハクは二人を見つめた。守らなければならないと思っていた。強くならなければ、すべて失うと思っていた。けれど、守るということは、ひとりで剣を振り続けることではない。

「仲間……」
エイミーが大きく頷いた。
「エイミーさんにも頼るのです!」

その瞬間、森に光が射し込み風が吹き抜けていく。
ハクは深く息を吸い、握りしめていた拳を開いた。

翠風の鹿の角が淡く輝く。緑色の小さな石が、ハクの前に浮かび上がった。石の中には、風のような光が宿っている。
「これは翠風の石。黒き呪いを吹き払う風の力を宿すもの。持って行くがよい。道を誤るでないぞ」

ハクは両手で石を受け取った。掌の中に、温かな風が生まれる。
「ありがとう」そして深く頭を下げた。

エイミーは嬉しそうに翠風の鹿へ近づき、その首元を優しく撫でた。
「ありがとう、鹿さん」

翠風の鹿は、少し困ったように目を細めた。
「まったく……エイミー様はおせっかい好きですな」
その声は先ほどまでの厳かさとは違い、とても穏やかだった。

ハクは掌の中の翠風の石を見つめた。焦りが完全に消えたわけではない。アカリの呪いも、アメルダ帝国の脅威も、まだそこにある。それでも、もう一人で走ろうとは思わなかった。風鳴りの丘に、柔らかな風が吹く。それは、次の四獣へ向かう道を示す風だった。

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