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第7章-2 森の息吹
エイミーたちは、大樹の麓を離れ、フォレスタの奥へと歩き出した。

桜花は何度も振り返った。「アカリを置いていくのは、やっぱり怖い」エイミーは静かに言う。「猫神さまがそばにいるのです。アカリは、ひとりではないのです」是音も落ち着いた声で続けた。「今は前へ進むことこそが、アカリ殿を救う道。迷いはあっても、足は止めぬことです」桜花は小さく頷いた。

森の奥へ進むほど、景色は神秘を増していった。巨大な木の根が道のように絡み合い、足元には青く光る小さな花が咲いている。そして見たことのない様々な獣がいた。彼らはハクたちを見ると、警戒するように身を縮めた。

「……怖がらせたか」ハクが呟く。エイミーは小さな獣に近づき、優しく声をかけた。「大丈夫なのです。この人たちは、森を傷つけに来たのではないのです。大切な友達を助けに来たのです」ハクもその場に膝をつき、武器に触れずに言った。「驚かせてすまない。俺たちは、この森を荒らすつもりはない」すると、小さな獣は少しだけ近づいてきた。桜花はその様子を見て、微笑む。「かわいい……」


「ここには戦がないのです」エイミーが言った。桜花はその言葉を聞き、ネオライズの人々を思い出した。アメルダから逃れ、傷つき、空を見上げるたびに怯えていた人々。けれど、この森では獣たちが自然に寄り添い、弱い者を置き去りにせず、互いに支え合って生きている。「こんな場所が……本当にあるんだ」

是音も静かに森を見つめていた。「戦わぬ時間というものは、不思議ですね。戦場では、迷えば死にます。ですが、この森では、刀を抜かぬまま命を守っている」エイミーは是音を見上げる。「戦わない時間も、命を守る時間なのです」是音は少し目を伏せた。「……覚えておきます」

やがて一行は、荘厳な滝の前に出た。煌めく水が高い崖から流れ落ち、澄んだ泉には光る魚が泳いでいる。泉のほとりでは、大きな獣が小さな獣に水を譲っていた。

桜花はその光景を見つめ、胸に手を当てた。「ネオライズのみんなにも見せたいな。こんな静かな朝があるんだって」ハクは静かに頷いた。「俺もそう思う。」ハク自身が驚いているようだった。

是音は二人を見て言った。「国は違えど、願うものは同じなのですね。守るべきものとは、城や土地だけではないのでしょう。そこで生きる者が、穏やかに笑える時間。それを守るために剣を振るうのだと、今は思います」桜花は優しく微笑んだ。「是音らしいね」

その時、泉の近くにいた獣たちが一斉に顔を上げた。エイミーも表情を変える。「……何かあるのです」一行が向かった先には、草花が黒ずみ、地面に細い黒い筋が走っている場所があった。「黒の呪いの気配なのです。大樹に触れた時、ほんの少しだけ森の根に流れ込んでしまったのです」ハクは呟く。「すまない」「大丈夫…わかっているのです」

桜花は黒ずんだ葉を見つめた。「急がなきゃ……」エイミーは頷く。「でも、焦りすぎてはいけないのです。四獣は、心の乱れにも敏感なのです」ハクは深く息を吸い、桜花も目を閉じる。是音は静かに姿勢を正した。

森の風が四人の間を通り抜けた。エイミーはその風を感じ取り、森の奥を見た。「近いのです。風鳴りの丘はこの先…でも怖がってはいけないのです」

一行が進むと、やがて視界が開けた。草花が一面に咲く丘。風が吹くたび、光の波のように揺れている。丘の上の古い木には鈴のような実がなり、澄んだ音を鳴らしていた。「風が……歌ってるみたい」桜花が呟く。エイミーは頷いた。「ここが、風鳴りの丘なのです」

その瞬間、風がぴたりと止まった。古い木の向こうから、淡い翠色の光が浮かび上がる。若葉をまとった角。風に揺れるたてがみ。澄んだ瞳。森の風と命を司る四獣、翠風の鹿が、丘の上から四人を見下ろしていた。

「外より来た者たちよ。何を求め、この森の奥へ踏み入った」

ハクは一歩前に出ようとしたが、周囲の獣たちが怯えたように身を縮める。エイミーはそっと手を上げた。「ハク、ゆっくりなのです」ハクは足を止めた。翠風の鹿は、力ではなく心を見極めるように、静かに四人を見つめていた。

風鳴りの丘に、試練の始まりを告げる風が吹いた。
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