第6章-9 闇の舞姫

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第6章-9 闇の舞姫

天を衝くほどの巨大な黒い竜巻が、戦場を蹂躙していた。
瓦礫を巻き上げ、周囲の光を全て飲み込む漆黒の渦。その中心で、『黒の指輪』の底なしの呪いがアカリの精神を侵食し、彼女を純粋な「悪」へと作り変えようと暴れ狂っている。ハクの声も既に届いていなかった。

誰もがその恐ろしい光景に息を呑み、絶望に立ち尽くす中、嵐の奥底から、地を這うような冷たい声が響いた。
『最初から……覚悟は出来てる』

それは、苦痛に喘ぐ少女の声ではなく、全てを焼き尽くす復讐鬼の囁きだった。
『私は……お前たちに復讐するためなら……悪魔にでも、何にでもなってやる!!』

底知れぬ憎悪と殺意の波動が、竜巻を内側から弾け飛ばした。

「ハハハ……アカリと言ったな。いいじゃないか!」
オリジンは歓喜に顔を歪め、両手を広げてその誕生を歓迎した。

黒い霧が晴れた跡に立っていたのは、見慣れた制服姿のアカリではなかった。

呪力そのものが形を成したような、漆黒のドレスに身を包んだ「ダークヒーロー」の姿。光を失った瞳が、真っ直ぐにオリジンを射抜く。

次の瞬間、黒いドレスの残像だけを残し、アカリの姿が掻き消えた。

「なにっ――!?」圧倒的な速さでオリジンの懐に入る。

「ぐおぉぉぉ!!」
オリジンの驚愕と同時に、鮮血が噴き出した。暴走したアカリの鋭い剣が、帝王の絶対的な防御をいとも容易く引き裂いたのだ。

獣のような咆哮と共に、アカリは怒涛の連続攻撃を仕掛ける。

オリジンもまた限界を超えて応戦する。圧倒的な帝王と、黒の指輪に支配された少女。二人の衝突は、空間そのものを歪めるほどの次元を超えた激戦へと発展した。

アカリも既に限界を超えていた。しかし、その圧倒的な力の代償は、アカリの「人間としての心」だった。
ドレスの黒がさらに深く、濃く染まっていく。もう戻れない。このままでは、彼女の魂は完全に黒の指輪に食い尽くされ、永遠に自我を失ってしまう。
そして今、その境界を越えようとしていた。

「アカリ……やめろっ!!」
光の矢のように飛び込んできたのは、満身創痍のハクだった。
彼は自らの体を盾にしてオリジンの迎撃を受け、暴走するアカリの正面へと立ち塞がった。

アカリの漆黒の爪が、容赦なくハクの肩を深くえぐる。同時にオリジンの一撃も受ける。凄まじい衝撃で切れそうな意識をつなぎ留め、ハクはアカリを抱きしめるようにその手をきつく握りしめ、オリジンと距離をとる。
「ドケ……殺ス……」既にアカリに人の意識はない。斬撃のオーラがハクを襲い続ける。

「俺は! 復讐よりも、仲間が大切だ!!!」
ハクの魂からの叫びが、戦場に響き渡った。
彼は傷だらけの手で、アカリの指に食い込む『黒の指輪』を掴み、力任せに引き抜いた。
「戻ってこい、アカリィィィッ!!」

バチィィィンッ!!
けたたましい破裂音と共に、呪いの繋がりが断ち切られた。

アカリは混濁した意識の中でつぶやく。
「……いつも…遅刻してばかり…」
そして全ての力を使い果たし、糸が切れた人形のようにハクの腕の中で気を失った。

弾け飛び、地面を転がった『黒の指輪』を、オリジンが静かに拾い上げる。
「……チッ、息の根を止められたものを!」

その言葉とは裏腹にオリジンのダメージも既に限界に達している。倒れないのは帝王としてのプライドが許さないだけだ。
互いの将が限界を迎えた状態で両国の戦士達がにらみ合う。

その時、戦場に異様な冷気が立ち込め、この時期に振るはずのない雪が降る。

オリジンの視線はアカリとは別の方向に向けられていた。
そこには、戦況を静観していた側近のサフィラが立っていた。しかし、オリジンはサフィラの「奥」にいる存在を正確に捉えていた。
「おい……氷の女王…ゼレア、何の真似だ」

サフィラを通してゼレアが応える。
「アメルダ…そしてネオライズ…お前たちは妾の玩具。戦う相手は妾だ。勝手に壊れることは許さん」

その言葉と共に空気が凍る。両軍の間に巨大な氷の壁が出来上がる。

オリジンは黒の指輪を再び自身の指にはめ、絶対的な殺意を込めて言い放つ。
「この俺に喧嘩を売るか…。いいだろう。行くぞ、ゼレアを討つ!!」
「そしてネオライズども、ゼレウスの地に来い。ゼレアと共に決着をつけてやる!」

その声は氷の壁の向こうにいるネオライズの戦士達にも届いた。

アメルダ帝国が去り、紙一重で国を守り抜いたネオライズ。
呪いに包まれ気を失ったままのアカリを抱きしめるハク。皆が駆け寄り早急な治療を開始する。生きること、ただそれだけで精一杯だが、彼らはそれでも今生きていることに感謝した。

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ネオライズ編–完