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第7章-6 四獣「冥海の竜王」

三つの石を手に入れた一行は、フォレスタの森を抜け、島の果てにある海岸へ向かった。木々の緑は少しずつ薄れ、潮の匂いが風に混じり始める。やがて視界が開け、黒い岩場と広い海が現れた。空はまだ明るいはずなのに、海だけが深い夜を沈めたように暗かった。

エイミーは波打ち際で足を止めた。「ここに、最後の四獣がいるのです」ハクは海を見つめる。「最後の四獣……」その時、静かだった海が大きくうねった。水中に巨大な何かが蠢く。

沖の水面に黒い渦が生まれ、空まで届くほどの水柱が立ち上がる。次の瞬間、闇をまとった巨大な竜が海中から姿を現した。角は古い王冠のように広がり、瞳は深い冥府の底を覗くように静かに輝いていた。

「我は冥海の王。死霊の門を守る者」
その声は地の底から響くようだった。桜花は思わず息を呑む。是音は刀の柄に手を添え、ハクも拳を握る。竜王は四人を見下ろし、低く告げた。「黒の呪いをまといし少女を救いたいならば、汝らは死霊の声を聞かねばならぬ」


竜王が尾を揺らすと、海岸の空気が一変した。青かった空は黒雲に覆われ、風は冷たくなり、波は激しく岩を叩いた。砂浜には黒い光の亀裂が走り、地面が少しずつ冥界の大地へ変わっていく。そこには枯れた草も、冷たい石も、見たことのない黒い花もあった。さらに、空間そのものを泳ぐように、大量の黒い魚の群れが現れる。魚たちは呪いを食らうように、黒い霧を吸い込みながら旋回していた。

そして、死霊たちが現れた。獣、鳥、巨大なモンスター、小さな森の民。形はぼんやりとしていたが、その数は増え続け、エイミーたちを取り囲んでいく。

ハクは前に出た。「来るぞ!」拳にオーラを纏い、飛び出そうとする。是音も鋭く周囲を見たが、どこか迷いがあった。「ハク、待て……」その声が届くより早く、ハクは踏み込んだ。

その瞬間、桜花がハクの前に立ちはだかった。

「やめて!」
ハクは驚いて止まる。「桜花!?」桜花は震えながらも、死霊たちをまっすぐ見ていた。「この子たちは敵じゃない!!」

死霊たちは襲いかかってこなかった。ただ、こちらを見ていた。恐ろしい姿をしている者もいた。大きな牙を持つ者、鋭い爪を持つ者、黒い霧をまとった者。けれど桜花には、その奥にある寂しさが見えた。怖がられ、遠ざけられ、それでもこの島を守り続けてきた魂たちの声が、胸の奥に流れ込んできた。

「私は鬼の子だから……ずっと怖がられてきた。だから、わかるの。この子たちは、傷つけたいんじゃない。ただ、誰かに気づいてほしかったんだ」

ハクは拳のオーラを弱めた。是音も刀から手を離す。エイミーは静かに前へ進み、両手を広げた。彼女の体から緑色のオーラが溢れ、暗い海岸を柔らかく照らしていく。その光に触れた死霊たちの姿が、少しずつ変わっていった。恐ろしい影に見えていたものは、穏やかな表情をした獣たちだった。大きなモンスターも、小さな鳥も、みな静かにエイミーを見つめていた。

「いつも、この島を守ってくれてありがとうなのです」エイミーが今はこの世にいない獣達に礼を言う。
ハクは小さく息を吐き、桜花へ言った。「ありがとう。止めてくれて」
桜花は首を横に振る。「私も、怖かった。でも……怖い姿をしているからって、悪いとは限らないから」
冥海の竜王は、静かに目を細めた。嵐の音が少しずつ弱まり、冥界の大地は元の砂浜へ戻っていく。獣の霊達は光になり冥海に還っていく。黒い魚の群れも、呪いの霧を食らいながら海の奥へ消えていった。

「良き目を持っておるな、鬼の娘よ」
竜王の口元から、赤い光が浮かび上がった。それは炎のように輝きながらも、どこか温かく、命の鼓動のように明滅している石だった。
「これは冥海の石。死の闇に沈む魂を導く力を宿すもの。持って行くがよい」

桜花は両手でその石を受け取った。赤い光が掌に広がり、胸の奥まで温かく満たしていく。エイミーが嬉しそうに頷いた。「これで、四獣の力が揃ったのです」

ハクは竜王を見上げた。「ありがとう。俺も、少し解った気がする。戦う前にもっと相手の本当の心を見なければ…」

竜王は何も言わず、ただ深く頷いた。是音も静かに頭を下げる。「貴き試練、感謝いたします」
海は穏やかさを取り戻していた。空の雲が裂け、光が海面に差し込む。エイミーたちは四つの石を抱え、アカリの待つ大樹へ戻っていった。

その背中を見送りながら、冥海の竜王は海の奥へ沈んでいく。最後に、低い声が波の底で呟いた。
「黒の呪い……超えて見せよ……」
そして、残ったのはただただ広い海。

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